〔3〕 写実性と非写実性の間で
――「いのちときもちとぱぱぱぱぱーっ!?」を読んで
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イ、校長の除外
写実性と非写実性の混在という成立し得ない世界に対して曽山自身頭を痛めていたのではないか。そう思えたのが『じーさん』第19巻収録の大長編「いのちときもちとぱぱぱぱぱーっ!?」。タイトルの通り「いのち」と「きもち」をテーマにしているこの作品には元校長が排除されています。この理由について写実性と非写実性の問題を絡めて考えてみたい。
元校長が大長編から除外された理由は本誌掲載時同時発表された「ワガハイを大長編に出すのじゃいっ!」〔『じーさん』 19巻〕にはっきり示されています。校長は大長編において、いつも死亡していることが指摘される。ある大長編で死亡したとしても、他の大長編においては復活し再び死亡することを繰り返しています。つまり、校長は“大長編において”死なない非写実的身体をもつキャラクターの権化のような存在”なのです。校長が参加することで非写実性が作品を読む際の前提として侵入し、今回のテーマで描こうとする「いのち」の写実性を奪ってしまう可能性があった。校長の除外は「いのち」の写実性を保つための処置だったのではないでしょうか(ただし、本編に干渉しないかたちで一コマだけ登場する)。
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ロ、本編レギュラーキャラクターへの線引き
以上校長が除外された理由を確認したところで本編に触れていきます。
作品の大筋を以下にまとめました。
新しくできたペットショップステイルにじーさん一行(じーさん、まご、ちゃむらい、ゲベ)が立ち寄る。店内で一人はぐれてしまったゲベは売れ残って処分される動物たちが収容された地下牢に迷いこんだ。そこで一匹の子犬と意気投合する。彼を連れ出そうとするが、店主に見つかって銃で撃たれてしまう。ゲベは傷つき子犬は死ぬ。ゲベのピンチを聞きつけたじーさんたちによる救出劇と、死んだ子犬の墓をせめて地上に建てようと奮闘するゲベの姿が描かれる。 |
作品では子犬の死が写実的に描かれなくてはなりません。銃弾で打ち抜かれた子犬は血を流して死にます。もし、非写実的記号表現によれば、銃創から血を滴らせて穴だらけになっても活発に動く事が可能であろうけれど、ここではぐったりと倒れて動かない。ゲベは死んだ子犬を背負って店主から逃れようとします。そのとき、死がいは「にもつ」のように「おもい」。この重みは現実に感じ得る重さであり、やはり写実的な傷害をおうゲベにずっしりとのしかかってくる。――ゲベは無限の腕力を備え、あたかも傷がなくなったかのように軽々と子犬を運び続ける事は出来ない――そして、ゲベ自身も危ない状態になる。
このように、ゲベも子犬も写実的な身体を獲得しており、一方は傷つき一方は死んでいる。間違いなくレイトーンやバケラーのような身体表現ではありません。
このように本編レギュラーキャラクターであるゲベは本作においては写実的な身体を与えられています。しかし、他のレギュラーキャラクターたちはどうであるか。結論から言えば彼らは依然非写実的な身体のままなのです。これについて店主からの逃亡劇を中心に見ていきます。なお、これに参加しないちゃむらいについては割愛します。
逃亡中、じーさんとまごはかなりの運動量であるだろうにも拘わらず全く息切れしません。彼らの非写実性は徹底しており、記号的にしろ息切れをあらわす「嘆息」の記号や、体温の上昇をあらわす「汗」の記号を組み込まれてもいいはずだけれど、それすらない。「汗」は焦りや呆れの感情をあらわす記号として使われており、生理的作用によるものではありません。
ゲベも2人と共に無表情に走ってはいるけれど、先に記したように子犬の重みと傷の痛みに耐えられず倒れてしまう。倒れた2匹を担いでなお、じーさんは疲れを憶えず逃げ続ける事が出来る。――ここでゲベが倒れた瞬間、じーさんたちとゲベの間に非写実的身体と写実的身体の線引きがされたとも考えられないか。担ぎ上げられた事で、写実的身体は非写実的身体の止まることを知らない運動に巻き込まれずに済むのです。
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ハ、死なない身体と死ぬ身体
作中には非写実的な身体(死なない身体)のキャラクターと写実的な身体(死ぬ身体)のキャラクターが混在する。この作品においてゲベは写実的な身体を獲得したと言いました。しかし、途中でこの写実性は失われます。
じーさんとまごが店主の放った地上最強のネコ「デビル・キャット」に襲われてピンチに陥った。そのとき、子犬の亡霊のようなものに呼びかけられてゲベは目を覚ます。そして、子犬を背負ったまま地に降り立ちます。この瞬間、ゲベはふたたび非写実性の世界に足を踏み入れることになるのです。また、<地上最強>のデビル・キャットと対峙したとき、このネコとゲベの血のつながりが明らかになる。<地上最強>とは言葉の通り<最強>であるから、一切の加害を受けつけない存在であり、写実性からは逸脱した肩書きといえます。その名をもつネコの血統にあるゲベに写実性があるとも思えない。地に降りると共に血筋によってもゲベの写実的身体は打ち消されるのです。
以降、背負われた子犬以外はレギュラーキャラクターおなじく非写実的な身体をもつキャラクターたちのみのやり取りとなり、店主はじーさんらに寝返ったデビル・キャットによって店と共にボコボコにされる。店の瓦礫に埋まる店主はそのような状態にあるにも拘らず「大怪我」の記号を付与されてピクピクと“生きて”いる。ここに描かれた傷は先の子犬とゲベにあったような写実性をもつ身体表現とは異なるように思えます。
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